2006年4月28日

Trackback SPAM

最近スパムトラックバックが急増した。
なんでだろう?

とりあえず、リンクがないトラックバックは拒否するようにしてみた。
Movable Type で言及リンクのない TrackBack ping を弾くプラグイン参照

とりあえず、しばらくこれで運用してそれから考えよう。

2006年4月21日

テレビパソコン復活だ

インターネット AQUOS:シャープ
シャープがテレビパソコンを発表した。
って、なんのことはない普通のアクオスに録画できるパソコンがついてきているだけなんだけどそれでもシャープのテレビパソコンだ
X1から始まって、X68000に受け継がれたが、結局消えていってしまったシャープのテレビパソコン
懐かしいなぁ
でもアクオス部分が高いから、全体も高いのが難点かな。

2006年4月17日

agendaだな

WebMurata::Weblog:GoogleCalender
-- QuickAddってのがあって、ここをクリックすると1行入力欄が出てきて、例えば「Dinner with Michael 7pm tomorrow」って書くと、16日の19時にDinnerという予定が入ってくれます。うーんすごい。--

昔(15年くらいまえ)Agenda というPCのソフトがあって、同様の入力ができました。
また、AppleのPDA Newton(懐かしい、だれも覚えてないだろうなぁ)でも同様の入力が日本語でもできましたね。

たしかDinnerとかも勝手に解釈して
Dinner with Tom next Thuと入れると、Dinnerだから、19時ころとか
Tomはアドレス帳にThomas がいるから
この人だねと、判断して、フルネームで入れてくれたり。
したはずです。
Newtonだからもちろん手書きで

そういう意味ではかなり古くからある機能で、英語系のソフトでは当たり前の機能といえるかも知れません。

日本語のソフトではあまり見かけないのはなぜだろう?

単語がわかち書きされてないから、単語を取り出すだけでひと苦労だからかなぁ
入力する側も、明後日とか明日とか、来週の金曜日って書いて変換するくらいなら、
19日とか書いたほうが楽だからかもしれない。

2006年4月14日

お財布携帯

携帯かえたことで、お財布携帯対応端末になったので,
とりあえず、Edyにチャージしてみた。
でも使えない…

AM/PMなどで使えるのは知っているけれど、もともとコンビニにいかない。
他にも使える店はあるみたいなんだけど、ほとんど店にいかないので、使えない。

SuicaにするにはViewカードが必要だけど、また新しいクレジットカードをつくるのは、いい加減いやだし、

他のサービスは今一つつかえそうなものがないし、仕方が無いから、ヨドバシのカードを携帯に入れて、財布の中のカードを減らすことにでも使おうかな。

もう少し使える場所を増やして欲しい、というか、どこでも使えるようにならないとね。
そういえば、お財布携帯対応自販機では使えるんだろうか?
これは今度試してみよう。

2006年4月10日

携帯かえた

携帯電話を変更することにした。
これまで、長い間Vodafoneを使ってきたのだが、今回YahooがVodafoneを買収することになったので、そのまえに逃げることにした。
もともと、最近のVodafoneは新しい機能への対応が遅い(3G対応あたりから目だってきた)、
3G端末はweb表示やメール表示でトラブルが多い(中には表示をあきらめているサイトまである)など不満も溜ってきていたし
Vodafoneの唯一のメリットである、192バイトまでの受信メール無料というのも、パケット定額で考えればあまりメリットではなくなってきていたし、家族間Cメールは無料だから、それで十分だし

家族割や年割などを組み合わせて家族全員で移行すれば、全体のコストも下がるし、ということで
一気に家族全員を変更してしまうことにした。

あとはいかに端末を安く入手するかということで、店をみて回ったのだが、安いところは、ほしい端末が品切れ
ヨドバシなんかではかなり高いということで、結局自宅から一番近い携帯屋さんで落ち着いた。

さて、電話帳を移行しなきゃ…
これを機に、必要ないデータを削除しつつ
移行するのが正解かな。

2006年4月 7日

チッチャイ 副首相

タクシン首相が「休養」、チッチャイ副首相が代行に : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

この「チッチャイ」副首相が「大きい」人だったり、本当に「ちっちゃい」人だったら、面白いなぁって、ただそれだけ。

別に深い意味はありません。

2006年4月 2日

パズルの解説

先日、大学入試はパズルだという話を書いたとき例にあげた、問題をちょっと解説してみます。

まず問題文から
「n,k は自然数でk < n とする.穴のあいた2k 個の白玉と2n - 2k 個の黒玉にひもを通して輪を作る.
このとき適当な2 箇所でひもを切ってn 個ずつの2 組に分け,どちらの組も白玉k 個,黒玉n - k 個から
なるようにできることを示せ.」

問題文を読むと何を言っているのか全然意味不明なので、問題をすこしわかりやすく言い換える。

「白玉○を偶数個と黒玉●を偶数個持ってくる。
これらの玉をごちゃごちゃに混ぜて、円形に並べる。
この円を2カ所でわけると、二つの部分に分かれて
それぞれに、最初の白玉と黒玉の個数の半分づつが含まれるように分けることができる。」
という風になる。

絵を描くとこんな感じ ここでは白玉と黒玉を6個と4個にしている。
2006zl_5_1.png
図の、斜めの線で二つの部分に分ける。
このとき、問題では、白玉と黒玉がちょうど半分づつ含まれるようにしたいということなので、
二つの部分には白玉3個と黒玉2個の合わせて5個にならないといけない。
全部で10個なのだから、全体の個数の半分づつが含まれるようにしないといけない。
つまり、分けるときには必ず半分づつに分けることになる。
これはほかの個数でも同じなので、さらに問題を言い換えると

「白玉と黒玉を偶数個づつ持ってきて、円上に等間隔に並べて、中心を通る線で
半分に分けたとき、片方には、白玉と黒玉がそれぞれ半分づつ含まれるようにできる。」
となる。

次に、分けるところを一つ動かす場合を考えてみる。
2006zl_5_2.png
この図の様に、右回転で、分ける線を移動させると、
真ん中の図のようになって、線の右は、白玉が2個、黒玉が3個となる。
そして、線を左の図から半周させると右の図のようになって、中心から星のついている方をみて右側には
白玉が4個黒玉が1個となる。

そこで、中心から星がついている方を見て右側の部分に含まれる黒玉の数がわかれば、
ほかの数(右側の白玉の数や左側の黒玉や白玉の数)は決まってしまうのがわかる。
つまり、線の右側の黒玉の数が、黒玉全部の半分、つまり2個になれば、白玉は3個になり
左側も同じ個数になることがわかる。

ここで再び問題を言い換えると
「適当な順番で円上に等間隔に並べた白玉と黒玉を中心を通る線で二つに分けたとき
線の片側の黒玉の個数が全体の黒玉の個数の半分になるように線を引くことができる。」
となる。

次に、線を玉一つ分右に回転させたときのことを考えてみる。
中心から星がついている方を見てすぐ右側にある玉は線を玉一つ分の右に回転すると、線の左側になって、右側からは外に出てしまう。
それが黒玉だったら、右側の黒玉が1個減る、白玉だったら、黒玉の個数は変わらない。
同じように中心から星がついていない方をみてすぐ右側の玉は、線を玉一つ分の右に回転すると、線の左側に入ってきて、
中心から星がついている方をみて右側の半分に入ってくる。

それが黒玉だったら、黒玉が1個増える、白玉だったら、黒玉の個数は変わらない。

それぞれの場合を考えると全部で4通りの場合がある。
出て行く玉と入ってくる玉がそれぞれ、白と黒の場合で、それぞれの場合で黒玉の数は次のように変化する。

出て行く玉
入ってくる玉変わらない1個減る
1個増える変わらない

つまり、1回の操作(線を玉一つ分右に回転すること)によって、黒玉の個数は、1個増えるか、1個減るか、変わらないかのどれかとなる。

そこで、ちょっと戻って、最初適当に線を引いたときのことを考える。

このとき、線の右側の黒玉の個数が、黒玉全部の個数のちょうど半分だったとしたら、
もうそれ以上何もしなくても半分づつに分けられていることになるから、ちょうど半分じゃない時のことを考える。

線の右側の黒玉の個数が、黒玉全部の半分より少なかったとすると
線の左側の個数は、黒玉全部の個数から、右側の個数を引いたものなんだから、必ず半分より多いことになる。
このとき、線を右回転で玉一つ分づつ動かしていったとき、何回か回転させていくと、ちょうど半回転したときには、
最初に線を引いたときとちょうど左右が入れ替わった状態になるので黒玉の個数は半分より多いことになる。
しかし、1個分動かしただけでは、黒玉の個数は1個の増減か変わらないかなので、
途中で、少なくとも1回は黒玉の個数がちょうど半分になっているところがある。

具体的には、たとえば、右側の玉の数が1個だったとして、全部で4個あったとすると、半回転したときは黒玉は3個になっているはず。
1回の操作では1個づつしか増やしたり減らしたりできないんだから、途中で2個という状態を飛ばして、
1個から急に3個になったりすることはできない。
だから、途中で線の右側の黒玉の個数が2個といういう時がある。

逆に適当に分けたとき、右側の黒玉の個数が半分より多い時は、残りの半分には、黒玉が半分より多くあるので、
やっぱり同じようにしていくと途中でちょうど半分になる時がある。

これは、玉の個数がいくつであっても同じことができるので、結果として、
白玉と黒玉を偶数個づつ持ってきて、適当に円形にならべた時、必ず半分づつに分ける方法がある
といえる。

これで証明は終わり。

何か特別な知識が必要だったでしょうか。
当たり前のことを言っていただけじゃないでしょうか。
この問題の要点は、適当に半分に分けたとき、分けた部分に含まれる黒玉の個数と残りに含まれる黒玉の個数は
片方が半分より多ければもう一方は必ず半分より少ない
ということと
1個増やして1個減らすという操作をするかぎり、黒玉の個数が急に変わることはない
という二つの点です。
当たり前じゃないですか。

実は高校で習う数学の中に中間値の定理というのがあります。
「関数が[a,b]で連続でf(a)≠f(b)ならばのf(a)とf(b)の間の任意の値をとる点cが存在する。」
という定理なんですが、
何を言っているのか?って感じだと思いますが

この定理が言っていることは
「標高100mの地点から、富士山の途中の標高1000mの地点まで上ったとすると
上る方法がヘリだろうと、車だろうと、徒歩だろうと、
100mから1000mの間の高度は必ず1回は経験する。」
と同じことなんです。

そして、この問題は、この定理と同じ様なことを整数の範囲で言うものです。

ただ、この問題は数学の数学らしさが出ていると思います。
つまり、適当な個数で適当な並べ方でも、必ず半々にする方法がある。
具体的な分け方や個数は知らないけど、方法はあるんだと言う。
実際に分けてみせるのではなく、分けることができるとだけ言って涼しい顔をしているところが
いかにも机上の空論の代表と言われる数学らしいところだと思います。

そういう意味でも、この問題自体は実生活では全く役に立たないのですが、考え方は役に立つと思います。

2006年4月 1日

入試数学の存在意義

別のところで、入試数学が生活の役に立つのかという話があったけれど、
数学は、生活のいろいろな場面で縁の下の力持ちというか、
それがなくては現代文明は成り立たないほど重要なものであるのは明らかなのだが

こと入試数学に限ってみれば、はっきり言って何の役にも立たない。
あえて言うならあれはパズルでしかない。

もちろんパズルが悪いといっている訳ではなく、楽しみの一つとしては意味があるけれど
それがなくても現代文明や社会生活には何も困らない存在であることは事実。
極端な言い方をすれば、音楽だって、文学だって、なくても生きていくだけなら困らない。

では、なぜ大学入試に数学が存在するんだろうか。
普通の学部では音楽の試験などはない。(音大はもちろん別ね)
大学はパズルができる学生がほしいと言うのか?
それは半分事実であるが、本当に一番重要なところは
数学という厳密なルールのあるパズルをちゃんと理解できて、ちゃんと解答できるということは
文章を理解して、物事を論理的に考えて、筋道たてて説明できる。
また、そのとき、抜けがないか注意してすべての場合をちゃんと考える訓練ができている。
ということを意味している。

それは実生活にはとても大切なことである。
すべての科学、(人文科学、自然科学、社会科学の別なく)において必要な能力である。
科学の世界では、何事によらず論理的に考えて、それを論理的に説明できなければ、なんの研究もできない。
もちろん芸術の世界などは、論理ではなく感覚が重要な場合もあるだろうが、一応科学という範囲では、論理がすべてである。

そのどんな科学の世界でも通用する論理的なものの考え方、説明の仕方の訓練ができているかどうかを試すのに、数学の解答をさせるのがもっとも簡単な方法だというのが、入試に数学が存在する一番大きな理由だと思う。

逆に、入試のためだけでもいいから、数学の勉強をすることで、自然とそういう論理的な考え方や説明力がついてくるので、入試の科目に数学を入れることだけでも、そういう学生を育てられるという意義がある。

入試数学なんて、将来なんの役にも立たないものをなんで勉強するんだという疑問を持っている人がいるみたいだけど、入試数学が役に立つのではなく、入試数学に向けての勉強が、その後の人生すべての役にたつんだと思う。

もちろん数学の問題が解けなくてもかまわない。
要はそういう論理的なものの考え方が重要なのであって、ほかの方法でそれを身につけられるなら、それで全然困らない。
ただ、それが身についていれば、入試数学なんて簡単なので、数学の問題も解けるようになる。

もちろんパズルだから、定石の様な考え方もあるし、たくさん問題を見ていると似たような問題を思い出して素早く解けるようになるのは事実だけど、時間を考えず解けるかどうかという意味では、別に経験もこなした数も、知識も関係ない。
極端に言えば、高校数学程度なんだから、小学校程度の知識からスタートしても、時間さえかければ必ず解答できる。

たとえば、2006年京大の文系前期の問題5なんかは、何の知識も無しに解答することができるいい例となっている。

知識がなくてもいいといってももちろん最低限の言葉の意味くらいは知っていないと困る。
といっても数にしたら、たぶん50もないのでほかの科目などに比べたら、ないに等しいといえると思う。
高校生にもなれば、日本語の単語は数百数千と知っているはずなので、それに比べれば微々たるものである。

世の中には
「大学入試で数学を選択した人は、選択しなかった人より、社会人になってからの年収が約100万円多い」
なんて調査をした人がいるらしい。

ほかに英語を選択した人は、とか国語を選択した人は、とか歴史を選択した人は、という調査がなければあまり意味がない様な気もするけれど

とりあえず、入試数学が直接生活の役に立つことは望めないけれど
人生を質、量、両面で豊かにするのに、ちょっとくらいは役に立っているんじゃないかなと思う。
もちろんそれは、ほかの勉強にも共通していえることなので、別に数学に限った話ではないけれど