水冷の効果
サーバの温度グラフ1週間分

緑の部分がCPU温度で青い線がマザーボードの温度
水曜日ほとんど0度なのは、ダウンしてたから。
5分毎の平均グラフを見ると、室温に比例して上下していることがわかる。
とりあえず期待どおりかな。
よしよし
2007年6月29日
サーバの温度グラフ1週間分

緑の部分がCPU温度で青い線がマザーボードの温度
水曜日ほとんど0度なのは、ダウンしてたから。
5分毎の平均グラフを見ると、室温に比例して上下していることがわかる。
とりあえず期待どおりかな。
よしよし
2007年6月28日
自宅サーバがまた、ダウンした
暑さに耐えかねて、シャットダウンしてしまったらしい。
そこで、前から計画していた水冷化計画を実行に移した。
水冷キット POSEIDON WCL-02 GOLDというのを買ってきて、組み込んだ。
おかげでこれまで平均60度を超えていたCPU温度が、一気に35度くらいまで下がっている。
ラジエーターを本体の外に持ち出したので、PC内部の温度に影響されずにCPUだけを冷やしている。
おかげでマザーボードの温度は、今までと同じ40度なので、CPUの方が温度が低いことになってしまった。
これで今年の夏は大丈夫かな?
2007年6月19日
自分で書いておいてなんだが
「かまびすしい」という言葉を使っていて、ふとどういう字を当てるんだろうと思った。
辞書によると「喧しい/囂しい」という字をあてるんだそうだ。
意味はご存じのとおり「騒がしい」とか「うるさい」とか、
ニュアンスとしては「内容はよくわからないけれど誰彼無く言い立てている状態」という意味。
単に騒がしいというのとはちがうし、うるさいというわけでもない。
なんていうのかなぁ。雑踏の中にいると聞こえてくるがやがやとしたノイズのような感じかな。
辞書で見ると騒がしいという言葉と同じ様にかかれているが、私の言語感覚としては置き換えはできない。
ところで、日本人がたくさん集まると「ガヤガヤ」と言う風に形容される音を感じるが
欧米人特に英語圏の人がたくさん集まると「シューシュー」という感じの音がするらしい。
日本語は母音がおおく、英語は子音特にSとかTHの子音が多いという音韻構造の違いらしいけれど、国によって雑踏の音も違うという話だ。(これは受け売りなので真偽は不明)
他の言語だとどういう感じになるんだろう。
各言語での「かまびすしい」状態を表現する擬音が知りたいなぁ。
世間では、年金問題がかまびすしいが データ入力のミスの話を聞いていてわが耳を疑った。
個人的には何度か大量データ入力という仕事をやったり、発注したりしたことがあるが、どちらにしても、正確なデータを入力するためには、最低でも同じデータを2重に入力して、それを比較するくらいのことはあたりまえなのに、それをやっていないようだ。
印刷データを元に、十分経験を積んだ人間が入力しても数%の間違いはあるのがあたりまえ。
それを手書きの書類を元に素人が入力したんだから、もっと間違いがあるに決まっている。
だいたい、原本と照合するなんて暢気なことを言っているけれど、マイクロフィルムや手書き書類と出力データを目視で比較するつもりだろうか?
全数それで比較するというのはとんでもない手間がかかる上に、ミスは無くならない。
いっそのこともう一度入れ直すのが一番だ。
間違いを無くしたいのであれば、もう2回入力するのが一番いいだろう。
元のデータと入力したふたつのデータをそれぞれ比較すると、3つとも異なるとか、ふたつだけ異なるというデータがたくさん出てくるはず。
それをそれぞれ原本に比較して確認すれば、ほぼ間違いは無くなると言ってもいいだろう。(ただ、億を越える件数のデータだから、それでも間違いは0にはならないと思うけど)
ただ、今に比べれば圧倒的にましなデータになるはずで、その上で各自に通知して確認してもらえばいいんじゃないだろうか。
だいたい始めからそれくらいやっておくのが当たり前だったはずなのに、それをやってないんだから信じられない。
さて、今からこれらの作業をやるのにかかる費用はいくらになるのか知らないけど、当然、税金や国民年金、厚生年金からは出さないよね。
当然、公務員共済年金から出してもらうのが当たり前。
足りなくなった分は現在および将来の支給額から引けばいい。
なんなら、既に支払った分についてはOBの年金の支払い分を返してもらったらいいんじゃない?
関係ない公務員の年金が減るのがいやなら、過去に社会保険庁に在職していた公務員がその期間に払った保険料を全部未納扱いにして、その分を回せばいいじゃない。
だいたい公務員はミスをしても国民の税金で穴埋めできると思っているからいけない。
普通の社会人は大きなミスをすると自分の収入に直接跳ね返ってくるんだよ。
そういう覚悟と責任感がないからこういうばかなことを平気でやるんだ。
大前研一「ニュースの視点」WEB:KON162 トヨタの“謙虚さ”とDoCoMoの“傲慢さ”から見える経営の本質
大前研一がいいことを言っている。
「反撃してもいいですか。」には、正直何いっているんだ、こいつは と思った。
だいたい、2.0というのがダメ
何もわかってないし、何も変わってないということを自ら主張しているようなもんだ。
Web 2.0とかの意味を知っていて、その意味の無さを知っている人には、DoCoMo 2.0と聞いた瞬間に、
こいつら中身が何もないなって思わせるし、
なんとか、2.0ということの意味が全然わからない人には、何も意味がないだろう。
結局アピールする相手は、「意味はわからないけどすごそう」という感覚でものを選ぶタイプの人間だけだろう。
でも、実はそれって、もともとのブランドしかみていない、DoCoMoのユーザ層そのものであって、何も新たな層を引きつけない。
価格だけを見てサービスの内容が理解できない、または自分の使いかたを知っていて十分考えた上で選んだ人はSoftbankを選んでいるし
サービス、機能、システムや品質などを考えている人は、auを選ぶだろう。
ブランドだけで、何も考えない人だけが、DoCoMoを選ぶ(一部DoCoMoしか選択肢のない地域の人、またはそういう地域での利用が必要な人をのぞく)
つまり、この広告は、ブランド指向の人間を引きつけるだけで、結局新たな顧客は増えない。
マーケティングのやりかたから勉強した方がいいんじゃないか?
どういった顧客にアピールしたいのか、何をアピールしたいのか、広告戦略というのはそこから考えるものだと思う。
それをことごとく外した広告のどこに意味があるんだろう。
こんないい加減な広告戦略しかできない会社の将来は暗いな、
2007年6月18日
実は英会話学校そのものにあまり信頼をおけない。
中にはいい学校も、いい先生もいるだろうと思っているのだが
過去に何度も、突然つぶれて先払いした授業料を返さない英会話学校を見てきた。
ネイティブの先生といいつつ、なぜかオランダ人が英語を教えているなど
いい加減なネイティブだったり、ネイティブといっても英語が母国語だというだけのいい加減なアルバイトもたくさんいると思う。
本当に英語教育を勉強してきた人間が教師をしているのか?という疑問もある。
日本人だって、外国人に正しい日本語を教える能力があるか?と聞かれて自信を持って教えられると答える人は少ないだろう。
もちろん私もそんなことはできない。
母国語というのは、振り返るとなぜそうなるのか、という文法的なバックボーンなどは全くないことに気づく。
それで人に教えることなんてできるわけがない。
本当にしっかりした教師としっかりしたシステムでやっている英会話学校もあることは十分わかるけど、それがどれなのか、というのがわからないのが最大の問題である。
その点、フランス語なら、関西なら、関西日仏学館とか関東なら東京日仏学院というフランス政府が運営している学校があって、外国人にフランス語を教える方法を学んだ人が教えている。
そういう安心できる英語学校などがあればいいのに。
せめて、イギリス政府やアメリカ政府が運営する学校とか、認定学校や国が認めた外国人向け英語教育の資格なんかあればいいのにね。
なんだか、耳にここちいい名前でまたいいかげんなことを言い出した人たちがいるみたいだ。
ふるさと納税といって、地方税の一部を自分の出身都道府県などに支払うことができる制度のことらしい。
地方都市で教育をうけて大都市で働く人が多いから、子供の頃の費用を地方が負担していて、不公平だという主張もあるらしい。
しかし子供を育てるための費用の分はその時期地方に住んでいた親たちが負担していただけなのではないだろうか。
大人になってから返してもらうために自治体が貸していたわけではないだろう。
じゃぁ、やはり今すんでいる所に地方税を支払うのは当然じゃないだろうか。
やるなら所得税の一部を自分の好きな自治体に払えるようにすればいいんじゃないだろうか。
どうせ所得税の一部は地方に分配されているんだから。地方への配分を国民が決められるようにしてやればいい。
指定しない人の分はまとめて国が分配すればいい。
そうすれば、地方はそれなりの努力をするようになるだろう。
不祥事が発覚すれば、すぐに税収が減る。
そして、税収が減ったら公務員の給与や人員を減らせばいい。
それがいやなら不祥事や犯罪をやめればいいだけのこと。
なんてこと、思いついてもやらないだろうな、決めるのは公務員なんだから。
2007年6月 1日
「つくる会」が発行教科書会社を公募、扶桑社が継続拒否 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
極端な思想を背景とした歴史教科書は結局全国で5000人しか使われなかったらしい。
良識という言葉はあまり好きじゃないが、極端に偏った思想はもっと好きじゃない。
良識、常識という言葉はその言葉を使っている人の考えのことを指すというのが常識(^^;)だが、この際、とりあえず使っておく(私の考えのことなのは十分わかった上で)
これが教科書選定を行う人々の良識の結果であれば、それはそれでいいのかもしれないが、結局受験で「つくる会」教科書の内容を書いても合格しないからというのが一番大きな理由かもしれない。
そういう意味では教育内容というのは受験問題が決めると行っても過言ではない。
極端な左翼系思想は検定で不合格になるから、これで中庸を保っているのかもしれないなあ