SonyとApple

昔から信者の多い会社
なんでも、Sony製品でそろえてみたくなったり
Apple製品以外はなんかかっこわるく見えたり
そういう宗教的な感覚を与える会社。
すごい会社だとは思うんだけど、個人的にはなんか違う
確かにデザインはいいかもしれない。
でもデザインで商品を使う訳じゃない。
Sonyはユーザインタフェースが今ひとつ
CDラジカセ一つとっても、Sony製品はマニュアルを見ないと何もできない。
かたや、PanasonicのCDラジカセは普通の操作をするのにマニュアルなんか必要無い。
Sonyのお家芸、ハンディビデオカメラでもそう。
同じシリーズのビデオカメラなのに、ズームのレバーが逆向きに変わるのはなぜ?
前の製品では押したらTele側、引いたらWide側だったのに、次の製品で逆にする意味はどこにあるんだろう。
カメラメーカーの交換レンズでは、ピント調節リングの回転方向は絶対変えないものと決まっている。(変える意味がない)
それが当たり前だと思う。
PS-Xで画期的ユーザインタフェースと主張していたインタフェースも、結局何も言わなくなっちゃった。
Appleは思いこみが激しく頑固すぎる。
いつまでたっても、マウスのボタンは一つ
確かに昔々まだ人がマウスというものを知らなかった頃、アップルの実験では、右ボタンと左ボタンを押し間違えるというトラブルが多かったという理由で、
当初Macintoshのマウスボタンは一つと決まったけど
今のユーザは、右左どころか、ホイールも使いこなすのが当たり前。
その中で一つボタンに未だにこだわり続けるのはなぜだろう。
昔々に作ったユーザインタフェースガイドラインをいまだに守っているみたい
もちろん守るべきガイドラインも存在するけど、
どうして画面の一番上にメニューバーがなければならないんだろう。
今は画面も大きくなり、マウスでの移動距離も大きくなっているのに
アプリケーションのメニューは画面の端まで行かないと使えない。
この小さなウィンドウの中のことをやりたいだけなのに
ウィンドウ毎のメニューでいいじゃないか。
Macintoshが同時には一つしかアプリケーションが実行できなかった頃のデザインをそのまま踏襲している。
昔の72dpi 9inchモノクロディスプレイの時代とは違うのに
信者はそれをポリシーと呼ぶかもしれないが、端から見るとたんなる頑固でしかない。
元々私はどちらの会社も好きだったんだけど、最近なんか違う。
今好きなメーカーは、東芝かな
RDシリーズとDynabook SS シリーズは好き
もちろん東芝なら全部好きというわけじゃないけど
なんか愚直にがんばっている感があって好感を持てる。
気に入らないところもあるけれど、次の製品でそれを直してくれるというか
そういう努力が見えるのがなんか嬉しい。
その辺だろうか

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